ねこ猫交遊録ー過去帳ーピーコ

振り返れば、私の人生には様々な猫が友達として登場して呉れた。幼い時、家で飼う猫は必ず赤トラ(最近では茶トラというらしい)のピーコと言う雄であった。八百屋さんから頂く事もあったし、お菓子屋さんの猫の仔どもの時もあった。猫を貰いに行く時は、お風呂屋さんに持って行く洗面器を風呂敷で包んで引き取りに行った。新しい出会いはいつもワクワクするものである。

何故、赤トラばかりなのか、家の誰かに尋ねた事があった。『赤トラは性格が明るい』と言うのが答えだったが、多分毛皮のイメージからそう感じるのかな、と長年思っていたが、YouTubeに出て来る赤トラは他の毛皮の猫よりも、やはり明るく人懐っこい様な気がするし、お喋りだ。

様々なピーコが居たが、後に拾われた黒トラや白黒の猫も居た。猫の居ない時は少なかった様に思う。野良猫が外猫になり、その仔が昇格して家ネコになったりした。叔父、叔母が結婚して家を出て行くと、猫はその存在だけで、祖母と母と思春期を迎えようとしていた私の共通の話題だった。だから、猫に対して思い入れが深いのかな。
私の幼い時の写真には必ず尻尾を立てたピーコが私の傍にいた。冬、祖母が台所で夕餉の支度をする時、未だ他のメンバーが帰っていない居間の炬燵の上にはピーコが私の唄に合わせて長い尻尾で調子をとっていた。
そもそも、戦後10年位しか経っていない時代だ。時として、ネズミは何処からともなくやって来て天井裏で大運動会をしていた。ダ、ダ、ダ、ダダ…!この音がすると、天井の一角を開け、ピーコが天井に入れられた。当時の猫達は、皆仕事をする猫であった。
今、我が家の猫三匹と隣家の猫2-3匹は、隣家の物置で昼寝をする。暑い時も寒い時も波板の屋根から微かに差す日差しは猫にとって心地よいものらしい。しかし、キャットフードをお腹いっぱい食べた猫は遊びのハンティング以外には、腹を満たす為の狩りには興味を持たなくなってしまったらしい。野ネズミが種イモを食っちまった、と隣家の小母ちゃんが嘆いていらした。
2015年、母の死をきっかけにこの町に定住する事にした。母の葬儀やら何やらで、毎週来れなかった家の二階天井には昔聞き慣れたダ、ダ、ダ、ダダダ…!の音が。ネズミだっ!早速、隣に「この仔は貰うからね」と言っていた仔猫を家に連れて来たが、音がしても天井を見上げることすらしない!
仕方なく、私が合匭道の時に教えて頂いた時の杖で「イエイッ!」と大声を出し、天井を衝く羽目になった。二か月位してネズミも煩わしい婆さんに愛想をつかしてどこかへ引っ越して行った様だ。
いつかまた、赤トラを飼いたいな。

投稿者

rwu6117@gmail.com

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です