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5年前に夢中でやっていた…過去のDIY

白いポーチが目に入って来ました。3年間、小箪笥の上に置きっ放しで、中に何が入っているのかは勿論分かっていました。
私の、4-5年前のビーズの作品です。何故、あんなに夢中になっていたのか、それすら分からない今。作品はしあがっているもの、未完成なもの、と色々です。ブレスレットとイヤリングのペアもありますし、イヤリングだけのものもあります。

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ブレスレットなんて身に着けた事も無かった、否、アクセサリーの中で唯一避けて通って来たのがブレスレットでした。色黒の細い腕は私のコンプレックスで、其処を強調するブレスレットなんてとんでもない、とずっと思っていました。
それが、ビーズに夢中になった途端、ブレスレットに対する思いが変わってしまったのです。私がビーズの極小を縫い合わせながら形を作るなんて、若い頃は想像だにした事はありませんでした。
夢中になっている時は、寒い日も、暑い日も、毎日の様に浅草橋のビーズ屋さんに通っていました。細かいビーズを針の先ですくい、織っているのが幸せで、出来上がったものを身に着ける、と言う趣味は余りありませんでした。今でもその傾向はありますね。

YouTubeでイタリアのビーズ作家の若い女性の作品を見ては、自分で作ろうとしましたが、アクセサリーに対する感覚と使い方が外国と日本では違うのです。歴史的な背景がアクセサリーにはある事、それが今も外国の人達の感覚の中に受け継がれて居る事等を改めて感じ、次第に季節の移ろいに合わせて自分の身の丈で扱えるデザインを考える様になりました。
不思議なものでアフリカ大陸の国々の事は殆ど知らないのに、手芸…例えば刺繍、編み物、ビーズ等を追求していくと必ずアフリカに辿り着くのです。そして、その生命感が溢れるデザインに驚かされるのです。
今はビーズ針も糸も持って居ませんので、未完成のものを仕上げる事が出来るでしょうか。
ネットでビーズの世界に夢中になり、ある冬の日に浅草橋を歩きまわり、疲れ果てた時に見つけて入ったのがBeads Factoryと言うビルでした。広島県に本社を置く、みゆきビーズと言う会社です。調べてみると、みゆきビーズを筆頭に、日本のビーズは国内よりは寧ろ外国のファッション、それもオートクチュールと言われる高級誂え仕立てのお店で、昔から今に至るまで有名なのです。
みゆきの極小のビーズに針を通しても、キチンと針と糸が通ります。外国製の安物のビーズではこうは行きません。外国でも日本製のビーズは値段が高い様ですが、それなりの高い評価を受けています。
浅草橋には宝石や準宝石と言われる石を扱うお店が沢山あり、無造作に水晶などが糸に通されて天井から下がっています。改めてアクセサリーがどのようにして作られていくのかを知る機会になりました。
母の介護等があり、段々ビーディングから遠退いてしまいました。仕上がったものも全く付けていませんでしたが、今も腕に巻き付けてみると肌の色にピタリと合うのは流石に世界で一流と言われる日本のビーズです。一時夢中になり過ぎましたが、この先、自分の視力で作るのは難しいだろうから、今しかない、と4-5年前は思って作っていました。
昔、友人がスイスの超高級腕時計を付けていました。勤め先の会長さんからの頂き物だ、と仰っていましたが、其の腕時計のベルトが金属の四角いビーズで編まれたもので、時計を腕に置くと、ベルトの方からスルリと腕に絡まって来る事に大層驚いたものです。その時、西欧のファッションの歴史の深さを初めて体感しました。
ビーズをまるで機を織る様に糸を渡して生地の様に織り上げて行くのがビーズ織です。平面だけでなく、立体的にも織る事が出来、ブレスレットやネックレスにすると立体的な部分に動きが出て、表情を作って呉れます。
私の拙い作品でも一つ一つ見て行くと、書籍やネットでアフリカのビーズを見て作ったものとか、公園のガクアジサイを見て急に作りたくなったものとか、色々と思い出されます。
普段の服装に合うかどうかは分かりませんが、一時期、私のエネルギーを注いだ物達を無視せずに身に着けてみよう、と思いました。丁寧に作られているものを見て、過去にこんなにも丁寧な仕事が出来た自分が居た事を嬉しく思いました。

投稿者

rwu6117@gmail.com

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