町興しを考える―その1
より豊かな物に囲まれての生活に私達は慣れて来ました。と同時に、仏様や彼方此方にいらっしゃる神様、そしてお祭りが生活から段々遠くなってしまいました。
日本に関して言えば、敗戦後アメリカの豊かさに憧れ、電化製品が少しずつ増えて行きました。
私にはその是非については明言出来ません。しかし、洗濯機が家庭に着て簡単に洗濯ができる様になると、確実に衣類の数が増えました。洗濯に使う石鹸も、柔軟剤が増え、漂白剤を常備し、これ以上物が増やせない状態になると洗濯機そのものが変わって行きました。確かに楽になりましたが、比べものならない程に物が増えました。
1人一枚のタオルを大切に使っていた時代、使ったタオルは自分で小まめに洗って干していました。タオルは家族の人数分だけしかありませんでした。しかし、今、私一人で10枚は軽く使っています。勿論、商店から頂いたものもあれば、自分が好きで買ったり、贈り物として頂いたビロードの様な肌触りの物もあります。
良かれ悪しかれ、物質に拘って生活をして来ました。それが当たり前、と思わされて来ましたし、自分から更に豊かさを求めて来ました。でも、時折立ち止まって考えたりしませんか?物を買う為に働く?
消費社会…誰かが物を沢山作り流通に乗せる。より新しく、より魅力的な物を作り続ける…終わる事のない挑戦。
消費者はそれを目をまん丸くして追い求め、一所懸命に働いて手に入れる。この繰り返しでした。何かを手に入れる事はワクワクする事ですが、そのワクワクはそう長続きはしません。何故かというと、昨日より今日、より新しい製品が生まれるからです。寸暇を惜しんで忙しく働く事で何かを忘れてしまったのではないでしょうか。
一所懸命働く事を否定するつもりは毛頭ありません。昔から、日本人は働く事が生き甲斐であった様な気もします。只、その質や目的やゆとりの量は少し違ってしまったのかな。
忙しいという字は心を亡くす、と書きます。消費者は文字通り物を追いかけ消費に明け暮れるために働いて居た…。その繰り返しで、気付けば物に溢れてしまい、断捨離と言う言葉も有効で無い程にものに囲まれて、物に縛られている感じです。
物やサービスを提供する側に居て、消費者が更に購買欲を持つ様に働きかける事が巧な人が成功者と言われます。そして不可欠なものを供給するシステムを作り上げた人は、遥か上の方から消費者を見下ろしています。その人は消費者に刺激を与える時だけ、自分或いは自分の手足となる人間を動かします。
つまり、年がら年中働いてはいません。アラッ!?消費者は年がら年中働いて居て、働く事は美徳とまで言われていますよね。成功者は働かないの?変ですね。
休日ともなれば、消費者はメディアが伝える情報を元に、新しい何かを探しにいそいそと出掛けて行きます。成功者は好きな時だけ働きますので、新しい何かが欲しい時には消費者が働いて居る時間にゆっくり探し物が出来ますし、物は消費者が買うもので自分達が追いかけるものでは無い、と割り切っているでしょう。もしかすると次の商品のヒント探しなのかも知れませんね(笑)。
地球の人口の5%、たった5%は95%の消費から上がる利益で暮らして居ます。この5%の中の更に5%が本物のお金持ちと言われる人でこの世界には一握りしかいません。このシステムを構築する側に自分も入ろうともがいている人達は沢山居ます。頭を使い、時に阿漕な事をして”お金”がより多く自分の懐に入る様に画策します。
卑近な例を挙げれば、東京での生活は刺激的でした。コンサートは何処かで必ずやっているし、美術館では有名な画家の作品を展示しています。帰りに立ち寄る美味しいレストランもあります。只、それは全て消費世界の一部なのです。つまり、お金さえあれば豊かさは味わえます。でも、お金が無くなればまたお金が自分の処に巡って来るのを待ちます。
確かにお金をより多く持って居る事は正直羨ましいし、素敵な事に見えます。しかし、自分のしたい事をして、分不相応なほど豊かでないにしてもそこそこの生活が出来、周りの人達に笑顔を見せる事が出来る、そんなお金では買えない、ゆとりのある、シンプルな暮らしも良い、とつくづく思います。勿論、人を助ける時のお金までの余裕はこの場合は無さそうですね。
この町に来て4年目になりますが、『もうじきお盆だから垣根をさっぱりさせなきゃ…』とか新盆のお家の方は提灯を持って夕暮れに、自分の住むブロックを回るなど、私にはあの世に逝かれた方々と交流する機会が、法事とか形だけでなく、生活の中に根付いている事を感じました。
私にはお金はありませんが、日々の予算の中で好きな物を食べ、浜で自然の中に浸り、光を沢山浴びて帰路につく。こんな単純な生活ですが、充実しています。
最近、私はご先祖様を敬う事も生活のゆとりだと思います。物質的には目に見えないご先祖様が盆や正月には我が家を訪問なさる、そんな50年前まで当たり前だった、見えない人をも意識する生活に凄く惹かれます。死後の世界の有無にかかわらず、そう思って生活する事は実際に豊かに思えるからです。個人的には死後の世界と言うより、命は延々と続いて行くものだ、と考えます。
命について、ご先祖様について考える時、それは自分の内面を見つめているのではないでしょうか。宗教書には色々と教えが書かれています。それがあっていると思われる方はそれでよいでしょう。私は信仰心は持っていますが、無宗教です。
この町に住んでいる方がもし都会で生活をされたら、きっと息苦しく感じられる事でしょう。消費社会と言うシステムから脱出する事、それはとりもなおさず自分一人ひとりの尺度にあった幸せな生活を求める時期が来ているのではないでしょうか。
30-40年前のこの町の風景の話をして下さった方が居ます。この町は麹屋さんから手焼きせんべいのお店、干物を製造するお店、お豆腐屋さん、と自分達の手を使って何かを創り出すお店がいっぱいあったとIさんから伺いました。「あの通りはこの町で一番繁盛していた通りだった。」という事も伺いました。
一寸想像してみただけでも、何と素敵な光景でしょう。きっと、将来的にはそう言う形が一部戻って来るのではないでしょうか。今のシャッターが下りたり、お店だった処に植木が置かれている、そんな絵だけを思い浮かべずに生き生きとした、買い物がワクワクするような光景をもう一度頭の中に作りだしてみませんか?
この町が東京と同じ様な町であったら、お金を落として貰う店がズラリ!と並んでいる通り…それはつまらない町です。喫茶店なんかなくったって、土地の産物を使って思い思いにお惣菜を作っていたら、それだけで魅力的なのではないでしょうか。
町おこしと言う言葉から、人は何を持って来たらこの町が繁栄するか、と結果から逆算します。果たしてそれでよいのでしょうか?その前に基礎を確り確認する事が必要です。基礎とは、持ってくるイベントや物ではなく、先ず、この町に誇りを持つことから始まる様に思えます。そして、それを供する人達の人間的魅力が左右する部分が大きいと信じます。
コレをすれば、都会人がやって来るか、ではなくて、勝浦の人が、大原の人が『御宿へ行こうよ』と気軽に言う様にならなければ町おこしは成功とは言えないのではないでしょうか。何処かの町の成功例を真似するのも決していけないとは言いませんが、この町の個性って一体何なんだろうな?そして、自分が出来るお店を出す事で、隣のお店との調和を自然と考える様になるでしょうね。
昔、この町でも御宿Tシャツがありましたよね。月の砂漠のイラストが入ってスペイン語で”xxx de luna”みたいな事が書いてありましたよね。その頃の私は東京から通いでしたが、「何処で買えるのかな?」と思っていましたよ。主に役場の人や車にその文言が入っていた様に記憶していますが…。
『アノ頃はバブルの後で未だ余裕があった』と言う言い訳は想像がつきますよね。それはお金があれば何でも出来る、という原則に基づいた発言ですから。でも、本当にそうでしょうか?金銭面以外にはどうでしょう?町会議員さんや町の商店街の人もアカプルコに見学に行った話を聞いた事がありますよ。大人でもワクワクを感じていたのではないでしょうかねぇ。

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