最近はドローンで稲の害虫防除をしているんですね。気付きませんでした。715
2021年7月15日(木)
昨日は朝早くから何かの音がしました。ヘリの音かな?辺りの家に響いて何処から音が聞こえてくるのかが分かりませんでした。表に出てみると、田圃の直ぐ上に、小型のヘリコプターの様な形のドローンが稲に近寄ったり上下活動をしているのが見えました。30年前にはヘリコプターが白い霧の様な薬剤を撒いていたのに、今はドローンなんだなぁ。災害現場など、きっと私の知らない処でドローンが様々な作業に使われているのでしょうね。。

ようやく鹿児島紅の枝が込み合っている処を間引きました。この樹も3年前から比べると確り生長して呉れました。一時はヒョロヒョロで花は少ししかつかず、合わないのかなぁ、可哀想だけど伐るか、とまで考えました。人間とは勝手なものです。ゴメンね。
2020年からは、肥料や海水EM活性原液を実梅に与える時には鹿児島紅にも与えるようにして来ましたが、マルチも効果的だったのでは、と思っています。昨年は岩瀬酒造さんの屋根の葺き替えで出た萱を頂き、畝や梅の樹にもマルチをしました。
40㎝厚にもなるマルチでしたが、夏の有機物分解能力は凄まじく、今ではどこにもその面影はありません。
今年は梅の剪定枝、刈った草などをどんどん重ねていますが、草はあっという間に消えてしまいます。それでも、梅の樹には養分として土の上に重ねられているのだろう、とせっせと運んでいますが、気が付くと消えています。
3時半に福が起こしに来た時は、うめの姿はありませんでした。福とトラ子が食事をして、ある程度トラ子も確り食べて居たので、一階でお茶の準備をしていました。今朝はもう一枚の毛布を洗います。玄関扉を開けて小さな声で『うめ~!』、と呼び、口笛でもうめの音階で呼んでみましたが、姿も見えず、音も気配もありません。お湯を急須に注いでいると、4時過ぎにうめが出入り口から入って来ました。
うめのご飯を用意していると福が頻りにスリスリして来ます。今朝は『うめちゃんのよ』、とうめに声を掛けるとお腹が空いていたのか、直ぐに食べ始めました。時々、福に遠慮をするのか、食べない時がありますが、今朝は食べて居ました。まるで、福から、『おい、俺の分、残しておけよ!』、とでも命令されたのか、と勘繰ってしまいます。
お茶を淹れているとタイガーさんがやって来ました。御茶を準備して二階へ持って行くとタイガーさんは休んでいます。ジュレとカリカリを準備して傍に置くと、徐に食べ始めました。
トラ子は昨夜場所を福にとられたケージの上で寝ています。昨日は一日中福がケージの上のトラ子を追い出して場所を占領していたので、ケージ上のベッドで寝たかったのでしょう。

ホトトギスが外で鳴いています。4時半を過ぎると様々な声が聞こえてきます。オオヨシキリは昨日の防除をやり過ごせたのかしら。
今朝も体感温度は22―23度位でしょうか。ヒンヤリした空気は感じませんね。晴れて最高気温は29度まで上がるそうです。北の風で始まり、午後には南東の風に移って行きます。風力は2-4mです。
10日間天気予報の17日―18日辺りは雨が来そうです。これでは、気象庁が関東甲信越の梅雨明け宣言は出さないでしょうね。既に13日に中国地方、北陸地方が梅雨明けとなっています。
昨日午後からRalphaの調子が悪いのか、私のやり方が何処か抜けているのか、リサイズが出来ていません。写真だけは撮っていますが、暫くは古い写真を乗っけます。何処がおかしいのかなぁ???
農薬除去には色々な方法があります。
いつもは海水EM活性希釈液でやっていますが、色々知っているに越したことはありませんねぇ。
妙佛さんの動画は米国国防総省が認めたUFOです。
横谷配備されたTR3Bみたいに見えるんだけど、ピラミッド型って言うと三角形ではないのかな?

お隣の南瓜に面白い形、白くてラグビー型のものが出ましたので、写真を撮って来ました。その後、ベルーナで購入した作務衣ズボンが白くなり始めたので、裏当て布を作り縫っています。結局、既製品の安物は染めと丈夫さがコストダウンの対象なんですね。アマゾンでコールド染めを買う事にしました。
8時前なのに、暑くなりそうな気配が漂って来ました。Sさんの処にキャンディドロップミニトマトを届けて、美化ステーション横の溝を綺麗にして来ました。近くの方が美化ステーションに車でゴミ出しをしていました(笑)。出掛けるのかしら?あら、短パンだし…車もUターンで戻っていらした。
帰ってから、お蕎麦を一杷茹でて、生姜、岩海苔、胡麻、ピリ辛なめたけで頂きました。蕎麦湯も最後に戴きます。昔から蕎麦湯は大好きで、お蕎麦屋さんでは大体蕎麦湯のお代わりをしていましたね。
今日は長生葱と生姜と大根おろし用の大根と納豆でも買おうかな。内山さんでチャコを買って来ましょう。また庭仕事をさぼりました。夕方にやるかも。さぼりにさぼっていますよね。
暑くなるのを察した猫達はサッサと外出しました。既に2階は30度!逃げるが勝ちだわねぇ。
JAL123便の事故
もうじき八月が来ます。1985年8月12日は私にとって直接の関係はありませんが、大きな謎の日です。そうです。JAL123便のあの事故です。現在でも私の年齢の半分位の歳の方がシリーズで動画を上げていらっしゃるのを見ていました。結論から言えば、答えは中曽根康弘さんが墓場まで持って行く、と仰られ、実行されましたので、本当には公表されていませんが、其処まで一国の首相がする、という事は、私は日本以外の処に原因があった、と思っています。私の妄想話ですが、私はこの不自然さが解決されないままにこの事故が風化されるのでは本当の供養にはならないですよね。その秘密を持って行った方は三回も葬儀を行われているのに(笑)。
発見までの謎の14時間、山で火の手が上がり、110番に住民から沢山の連絡があったにも関わらず、無視された事。米軍のヘリが援助を申し出たにも関わらず拒否されたこと。その人達は米軍からも基地に変えるように指示が出ていた、と記憶しています。最初は目撃情報による自衛隊戦闘機2機が当該機を追尾していた等、わが国の自衛隊に嫌疑の目が向けられましたが、仮に自衛隊のエラーによる事故であれば、中曽根氏が墓場まで持って行ったろうか?、という疑念が出ます。
飛行機の緊急事態は段階的に呼び名が違い、爆発音を聞いてから7秒一寸でスコーク77という緊急事態が出されます。これはボイスレコーダーに残っていて、7秒一寸でスコーク77が出る前に、別の緊急事態が出されるはずでは、という元機長と言う方の話がありました。スコーク77が出されると戦闘機がスクランブルする事に決められていますので、目撃者による戦闘機二機の、自衛隊の嫌疑は一応晴れた事になります。

7秒一寸でスコーク77が出された、という事は機長はこの真の原因を目撃したのではないでしょうか?垂直尾翼が無い、という事は途中まで分からなかったそうですが、油圧が効かなくなる原因の物体を機長は分かっていたのではないか、と考えます。勿論、ボイスレコーダーにはその究明の鍵となる部分は入っていません。後から出て来た事から考えても、削除されたのでしょうね。機体の自由が効かなくなってからも機長は羽田に帰還する事を管制塔に言い続けていたそうです。横田基地では受け入れ態勢が既に出来ていたし、距離的にも近かったにも関わらず、です。
そして、14時間後に公開された事故現場にはベンゼンの臭いではなく、石油とタールの臭いが充満してご遺体は真っ黒こげになっていたそうです。そして事故現場を特定するまでに彼方此方とここではないか、という場所が上げられ、かなり混乱されました。これは事故現場で何かを隠蔽する工作が恐らく自衛隊によってなされていたのではないでしょうか。一番早く出された報告書にはJAL123便事件、となっていたそうです。当時の運輸省の事故報告書にも事故ではなく事件となっていた事は印刷物として残っています。
事故後、一月も経たずしてボーイング社が自社の修理が原因である、と結論を出しました。皆さんがボーイング社であれば、一月足らずで自社に不利な結論を出しますか。色々検査や捜査をしたうえで技術の専門家、その他航空物理学の専門家等の意見を調べた上で結論付けますよね。たった一月で米国企業が自社の修理に問題があった、と認めなければならなかった見返りはきっとボーイングは貰っている筈です。
小さな虫を殺しても守りたかった大きな虫が日米の政治家の頭にはあったのですね。そして、事件を隠蔽した、という行為が全世界に広がるとマズイ大きな組織だったのでしょう。この一件で私のレーガン大統領と中曽根氏に対する評価は半分になりました。今でも追及されるこの事故が持つ不自然さが国民の間で不消化になっている、という事でしょう。しかし後二十年もすれば、記憶の鮮明な年代は居なくなりますね。
私もこのチャンネル動画を見進めている最中ですが、こんな情報もありました。
池上さんとか手嶋さんとか、そうそうたる面々ですね。
NHKの羽田に詰めていた人はかなり著名な人。18時58分のテロップは無かった事になった。
自衛官射殺?そんなテロップは知りませんでした。私は東京へ向かっての車の中だったからね。もしかして、ミサイルの発射ボタンを押してしまった人?だったら私の米軍説は消えて行くなぁ。中曽根さんは海軍さんだったから、軍に対する思いは普通の人より強かった筈。1985年と言うと、自衛隊が未だ世間からは色々と言われていた頃ですよね。左が強い年代です。
じゃぁ、このワタナベケンタロウ氏が言って居られる様に自衛隊の誤射か!?私はいつ知ったのかな?この時は館山から出る前に、ジェットが館山の西側で向きを変えて飛んで行った姿を見ています。この飛行機、とは言い切れませんが、時刻はぴったりです。勿論、大阪行きは続いて来ますから、JALでは無かった可能性もありますね。
フライトレーダーを見ると御宿町に入って来る飛行機が何処の会社の便か迄分かります。勿論、こんな風に見れたらこういう事は起きなかったね。
私も武田邦彦先生が植物油は危険だ、と仰っているのを聞いて、最初は、そんな馬鹿な、と思いました。しかし、自分の食べる物と消化して排泄するまでの経過を見ていると、その可能性があるなぁ、と段々考えるようになりました。
これは私も関係する事だから、気になるよね。
現代の家庭で調理されるものは油を抜いたら、何種類くらいに減るんでしょうね。昭和30年代には油は貴重品だったから、お歳暮やお中元でやり取りされるものでした。そして調理には大匙1杯の脂で炒めてから出汁を入れて煮る、炒め煮と言う調理法が殆どでしたね。
天婦羅や揚げ物はお祭りの時やお誕生日等の晴れ日に出される料理でしたよね。しかも魚にしろ、肉にしろ、これも週一回食卓に上るか上らないか、でした。
今では魚や肉の摂取が増え、油物も増えました。何の脂が良い、とか言う事より、全体的な油の摂取量を減らす事が肝要でしょう。
面白いものを発見しました。夏蜜柑の樹に胡瓜がよじ登っています。確かに昨年春に植えて、虫食いでダメになったのが生き残っていた!?数週間前に、昨年植えた時より少しだけ大きくなっている胡瓜を発見しました。オッ、出て来たの?ガンバレ!位の気持ちで、忘れていました。今日は夏蜜柑の樹が3つの枝に分かれる処まで生長点が届いています。
しかも虫食い無し!これがわからん!!何故、零れ種はこんな風に健全に育つのだろう。いつも不思議に思います。さっきまでお隣から頂いた南瓜を煮着けています。極シンプルに酒と味醂を煮切った処に砂糖、醤油、白だしで味付け。今、火を止めて沁み込ませています。現在は茹で卵を作っています。
この処、リーサンチャンネル等で覚えたナムルも良いけれど、コンセプトが変って来たから、私の生活には味も量も合わなくなって来ました。偶に食べる分には韓国料理は美味しいけれど、どれも似たような味付けで結局飽きるんですよ。
暑いから外壁に水を掛けました。気のせいか、時間のせいか涼しくなったような気がします。トラ子が南瓜を切っている時に周りでウロウロしていました。南瓜が好きなのかな?何処かの獣医さんの家の猫は南瓜入りの味噌汁が大好きだ、と書いてありました。そう言う事もあるのかな。軽く食事をしてから、散歩がてらにヤックスに電池を買いに行って来よう。
ウヮッ、雲が来ているな。1時間はギリギリかな。1.5時間経ったら雨が来るなぁ。じゃぁ、家に要るか!?
南瓜と茹で卵は食べてしまいました。お腹一杯になって来た。蜘蛛が次第に近づいているのかな。少し暗くなって来ましたね。
。。。。。。。。

コメント
武先生こんにちは😃
もう梅雨明けですね!蝉も盛大に鳴いています。
農薬….林檎は良く丸かじりするので、洗ってはいたけどあの粉に溶かしてふやかすとあんなに出るんですね。野生の動物は農薬などから影響を受けてないといいけど。
蕎麦のつけ汁はすりごまを入れています。そして素麺にはつけ汁になんと胡麻ドレッシングをいれてます!素麺はやっぱり揖保乃糸ですね、高いから毎回は食べれ無いけれどセールや頂き物だと食べれます。
JALの墜落事故は今でも川上慶子さんかな?がヘリコプターで吊るされて救助されたのを覚えています。中学生の時でした。4人位しか助からなかったのですよね。中曽根総理が墓場まで持っていくと言うことは国民に知れたらとてもヤバいということですよね、恐ろしいです本当に……
ボーイングも過去の尻もち事故が原因と言われていましたよね。シアトルにホームステイした時にボーイング社に行ったのを思いだしました。あの暑い夏の出来事だったんですね….
市東さん、今日は~!いつもコメントを有難う御座います。
うん、分かる!素麺は意外とドレッシング系が合うよね。後、茄子の煮びたしの汁も
美味しい!西のバレエ団の女優さんで東京ガスのCMやっていた人が言っていたので
やってみました。美味しかった。
農薬問題は恐ろしいよね。でも、昨日のドローンが来ている時間帯は音がするからかも知れない
けど、カラスも鳥達も田圃には行っていなかった。問題はドローンが居なくなった
後なんだけど、人間よりはセンサーが鋭いから大丈夫でしょう。
農薬問題も闇が深い。化成肥料でも、勇気でも大きさが基準の野菜販売だから、
(そこが問題なんだけどね)消費者の好みも変わらないと出来ない。消費者の
教育はきっと大変ン案だよ。でも、567が照れ佗―クを簡単に可能にしたように
やり方なんだと思う。
だからみんなが野菜を育てて、真っ直ぐな胡瓜ばかりじゃない、という事を
体験として分からないといけないですね。これこそ初等教育の分野だよね。
芋ほりどころじゃないよね。
国民に対して知られちゃ困るなら自衛隊でしょう。今と違って1980年代ってマダマダ
税金泥棒とか言われて、大変な思いをしながら働いていたよね。今は災害がある度に
自衛隊頼みだけどね。
やはり、国も大きな災害を通して色々学んでいるからね。567以外はね。
話しが逸れちゃったけれど、多分ミサイルの誤射なのかな、と今は思っています。
公開して欲しいけど、私が関係者だったら…やはり出来ないかなぁ。
でも、kの事件の事を知れば知る程、その線が深まるんですよね。何故、
隠蔽して射殺をしてしまったのか、という事までが問題ですよね。当時の
長官は山崎拓がやっていたんだね。
当時の防衛庁長官を調べていたら、中曽根さんが三島事件の時に防衛庁
長官をされていたんですね。なんか因縁を感じてしまいました。
く〜!墓場まで真相持ってかれちゃったらぐうのねも出ない、でも知れたら大変な事だ!!