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台風6号三重県上陸  2019年7月27日(土)


最低気温26度台、最高気温30度台、と暑い日になりそうです。午前中は小雨です。4時54分の空です。
思ったよりも台風は北を通りそうです。予報円の中心が28日03時には埼玉県辺りにあります。速度も遅くなりましたね。お隣の屋根瓦が乾いていますし、道路も濡れた跡と言った感じです。
4時半起きでお風呂で汗を流しました。予報はソラマドでは明日午前中は雨、天気jpでは曇りですが降水確率は60%と高いです。猫達は網戸を空けると早速お隣の物置の屋根で涼みに行きました。ご飯を食べに来ましたが、直ぐ外出です。暑いから食欲は余りありませんね。好きなものだけ食べて居ます。
6時、明るくなりました。海の在る方角ではゴーゴーと海鳴りが聞こえます。流石、台風ですね。その台風6号ナーリーは6時の段階でさらに北に(茨城県と福島県境)に中心円が移動しています。此方でも青空が広がったり、曇ったりを繰り返しています。
福はお隣の物置の屋根で寝ていますが、こちらの動静が分かる処にポジションをとっています。トラ子は物置の中でしょう。そこで幼児期を過ごした彼等にとっては大好きな場所なんですね。雨雲レーダーでは半島の内側に南北の線状降水帯が出ています。高気圧圏内に入った時、千葉県北西部に地震があるかも知れません。8時5分、いきなり雨が叩きつけて来ました。前述の線状降水帯が東進しています。28日以降、高気圧圏内に入った時に、この町の南東海上を震源とする千葉県東方沖の地震もあるかも知れません。28日は彗星近日点でもあり、2日前には発光現象もありましたので、警戒しましょう。
8月1日の花火大会の天気は天気図で見る限り、良さそうです。今日の雨はザーッと来てはピタッと止み、の繰り返しです。雨の度に窓を閉めて、止めば開けて…です。トラ子は遊びに行ったのかな?姿が見えません。福に『オヤチュターイム!!』と外に向けて叫んだら止み間で戻って来ました。

ウトウトとベッドでしながら江崎道朗氏の講演を聞いていました。今までも聞いた事がありましたが、聞き漏らしたり、メモを忘れていた部分が入って来ました。睡眠学習でした。
スターリンが先ず考えたのは中国、日本、朝鮮を共産化する事です。それは一体どのように行われたか?強くなりつつあった有色人種の国は、先ずその国について忌々しいと思っている国に叩かせる。そして負けてゴチャゴチャの混乱状態を作り、一気に共産化する。(これは共産党の手口ですよね。)
先ずアメリカに100名単位のスパイを送り込み、旅行会社を経営させ、アメリカの若者をソ連に送り込み大歓迎させる…アレッ!?これって何処かの国を理想の国だと称して日本でも50年前に帰化した人が居たアノ国も同じ事をやったんですね。つい最近も何処かの別の国の出身者がやっている旅行会社が破綻しましたっけ。
そうして徐々にシンパを作り、1933年からアメリカに送り込んでいた訳ですよ。それと同時に!、プロパガンダを米国に潜り込んだ共産党員が仕掛けます。75年位前はどんなプロパガンダだったか、と言うと『日本軍によって苦しめられている中国人を助けよう!』とご飯一杯作戦で、団体のトップにはルーズベルト夫人やマーシャル大佐の奥さん、当時の米国でも良識派アメリカ人と思われている人達を担ぎ上げ、その周りは全て共産党員で固めていたのです。
その中に居たビストンと言うスパイは、終戦後の日本にGHQの一員として来日し、皇室典範の天皇の条項まで手を入れたんですよ。そして日本共産党を合法化しました。
これらの事実は誰かの想像ではなく、当時のFBIが盗聴記録として残したものが戦後50年でヴェノナ文書として開示された中に全て暗号として残されて居たものを保守系の国際法学者が丹念に解いて探り当てたものです。日本の出版社は今でもこの事実を翻訳出版しません。このヴェノナ文書によって、東京裁判が如何にいい加減でトルーマン率いる民主党のたくらみで日本だけを悪者にしようとする魂胆であったか、が明らかになりました。
ここでハッキリして置きたい事は、当時も、そして今でも戦争を犯罪として裁く国際法はありません。
しかし、残念ながら、日本では左傾化したメディアによって報じられる事はありませんでした。これが2000年、バブルが弾けて日本人の頭は狂っていたから、譬えメディアが報じても頭の中には入らなかったかもね。勿論、これだけではありません。世界中の学者が日本だけを侵略国として捌くのは不公平だと言っていることも、私達の耳には届きませんでした。米国では民主党はルーズベルト、トルーマンの遣った事を正当化する為に、真実は2000年まで隠蔽され続けました。
そしてもう一つ。終戦後にソ連が日本へ侵攻して来た話は私も祖父母の世代から、如何に卑劣であったかをたっぷり聞かされましたが、8月9日ソ連の対日作戦が始まりました。ソ連は原爆投下の日を前もって知って居たのです。そこを狙って日本の領土へなだれ込んで来ました。遡る事、半年前、ヤルタ会談が1945年2月に世界大戦後の世界支配について英米露で行われました。
この時既にルーズベルトは痴ほう症の様な状態であったそうですが、そうして日本とバルト3国がその対象になりました。その半年の間に10万人以上の部隊はモスクワ周辺に居た部隊を移動させ、ソ連が満州、そして千島列島で日本に侵略しました。現在でもその規模の部隊を移動させるには、移動手段は各段に進歩しているにも関わらず、半年くらいは掛かるそうです。
これは私の勝手な想像ですが、だから、8月6日と9日にドンピシャリと原爆投下をしなければならなかったんじゃないのかな。そうでなければ、一番効果的な都市に落とすでしょう。でも、実際は曇っていたから新潟は止めた、とか京都も同じ理由で落さなかった…京都の人は文化財があるからだなんて言っている人あるけれど、当時の一般の米国人はJAPの文化なんか低俗だと思っていたよね。
此処まで来て、私の中でアレッと引っ掛かる点があります。引っ掛かる様になったという事は少なくとも私の頭が一部は理解し始めたと言う事ですね~♪それは、米国ではいつからか分かりませんが、如何に米国がアジアで酷い事をして来たか、と言う自虐史観を植え付けられている、という事です。しかし、ケント・ギルバート氏が仰るにはアメリカの歴史の教科書は読めばアメリカと言う国を好きになる、との事です。(アメリカだけでなく、全世界的傾向であるらしい。)この事を聞いて百田尚樹氏が日本国記を書かれたのですからこの矛盾点はもっとたくさん読んで行けば解決するのかな…。
イギリスがサッチャー政権下で使われていた教科書もまた自虐史観の物で、英国の衰退はその頃から始まりました。
此処で台風情報です。7時頃に三重県南部に上陸した台風は東海から関東へと太平洋岸を進み、小名浜の方へ抜けます。各地で台風のせいで暑くなっているようです。18時、台風6号ナーリーは温帯低気圧になってしまいました。
 

 
 
 
 
 
 
 
 

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rwu6117@gmail.com

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